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宮崎の紹介

日本のはじまり 神話の里 みやざき

神話の里 みやざき
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古事記・日本書紀が伝える神々の世界

神話の里 みやざき

日本最古の歴史書「古事記」(712年)には、日本を誕生させた神から天皇の系譜、神話について記されています。その中に宮崎を舞台にした「国生み」や「天孫降臨」などの御代の物語が詳しく記されています。さらに、漢文で描かれている「日本書紀」(720年)は、編年体で描かれ、天地開闢(てんちかいびゃく)から天皇の功績について記され、中国や朝鮮などの外国を意識して編纂された正史です。

あわせて「記紀」と呼ばれるこの2つの歴史書には、日向国(ひむかのくに: 宮崎の旧名)を舞台にした神話や伝説が数多く記されています。

神話の里 みやざき

神による天地創造の物語 「国生み」伝説

天と地が分かれたとき、天上の高天原(たかあまはら)に最初の神が出現。そこから神は増え、日本国を生む男神の伊邪那岐神(いざなきのかみ)と女神の伊邪那美神(いざなみのかみ)が現れます。この2人の神が日本の島を次々と誕生させ、日本列島を完成。それから2人は山の神や海の神など35の神々を生み、火の神を誕生させるときに伊邪那美神は、火傷を負って亡くなってしまいます。亡くなった妻を追い、伊邪那岐神は黄泉国(よみのくに)へ行きますが妻の無残な姿に嘆き、逃げ帰って、汚れを祓う禊ぎ(みそぎ)を行います。その禊ぎの最後に須佐之男命(すさのおのみこと)、月読命(つくよみのみこと)、天照大神(あまてらすおおみかみ)が誕生したとされています。

古事記によると、この禊ぎの場所は、「日向(ひむか)の阿波岐原(あわきがはら)」とされ、現在でも地名が残る宮崎市阿波岐原に、夏場は水連の花が美しい「みそぎ池(御池)」があり、近くには伊邪那岐神と伊邪那美神が祀られる江田神社があります。

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太陽神の復活 「天岩戸隠れ」伝説

ある日、伊邪那岐神の禊ぎで最後に生まれた太陽神 天照大御神のところに、やんちゃな弟、須佐之男命がやってきます。亡くなった母を恋しがり、一日中ずっと大声で泣きわめき、暴れ静まらぬ弟に困り果てた天照大御神は、天岩戸(あまのいわと)に隠れてしまいます。その途端、世界は暗闇に包まれ、邪神たちが騒ぎ、災いが続発。困り果てた八百万(やおよろず)の神々は天安河原(あまのやすがわら)に集まり、思金神(おもひかねのかみ)に相談。天宇受賣命(あめのうずめのみこと)の活躍で、その場は神々の大声で揺れるほど湧き上がり、外の賑わいが気になる天照大御神はとうとう岩戸を開けて外の世界へ。その瞬間世界に再び光が満ち、平安が戻ります。

この神話と地名を今でもそのまま残す高千穂町岩戸には、天照大御神を祀る天岩戸神社があり、隠れた洞窟や神々が集まったと伝承される「天安河原」も岩戸神社のすぐそばに残されています。

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地上平定を目指し、肥沃な大地に神が舞い降りた「天孫降臨」伝説

天の天照大御神は、地上世界の平定を図るため、孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)に地上に降りることを命じます。高千穂の峰に降り立った邇邇芸命は、朝日が正面から射し、夕日が輝く日向(ひむか)の地を選び、肥沃な大地に宮を建てて暮し始めます。そこで美しい木花佐久夜姫(このはなのさくやひめ)と出会い結婚。一夜で懐妊した木花佐久夜姫は、邇邇芸命から自分の子どもかどうかを疑われ、「火の中で無事出産できれば、神の子の証」として「無戸室(うつむろ)」の産屋にこもり、燃え盛る火の中で3人の子どもを出産します。

木花佐久夜姫が祀られる都萬(つま)神社を起点にして、2人が出会う逢初川(あいそめがわ)、無戸室跡地、生まれた子どもたちの産湯跡とされる「児湯(こゆ)の池」、そして邇邇芸命と木花佐久夜姫の墓とされる古墳を結ぶ約4kmの道のりは、「記紀の道」として整備され、伝説を読み解きながら徒歩約1時間で歴史散策を楽しむことができます。

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海に浮かぶ森「青島」周辺で起きた海と山の神の争い 「海幸山幸」伝説

邇邇芸命と木花佐久夜姫の間に生まれた3人の子の1人、兄の火照命(ほでりのみこと)は、海で魚を獲って暮らし海幸彦(うみさちひこ)と呼ばれ、弟の火遠理命(ほおりのみこと)は、山で猟をして暮らし山幸彦(やまさちひこ)と呼ばれていました。ある日、弟の山幸彦は兄の海幸彦に無理を言って釣り針を借り、釣りをしてみたところ、1匹も釣れず、さらに海幸彦の大事な釣針をなくしてしまいました。謝っても、海幸彦は怒って許してくれず、山幸彦は海辺で涙をながし悲しむばかり。そこへ塩土神(しおつちのかみ)が現れ、海神国へ行くよう案内してくれ、海の中の宮殿へと向かいました。ここで、山幸彦は、海神の娘 豊玉毘売(とよたまひめ)と出会い、心を寄せ合って3年の間共に暮らします。ある日、釣針を探しに来たことを思い出した山幸彦は、海神にこの件を相談。すると海神は、すぐに海中の魚を集めて釣針を探し出し、海幸彦を懲らしめる「呪文」と潮の満ち引きを操る「玉」を授けてくれました。

それらを持って国に戻った山幸彦は、呪文を込めて釣針を海幸彦に返したため、不漁が続き海幸彦の生活は困窮。海幸彦は山幸彦を妬み、攻め入りますが、不思議な玉を使って潮を満たして海幸彦を溺れさせ、降参すると潮を引かせて助けました。それから海幸彦は山幸彦に仕えることになったのです。

宮崎駅から日南市の南郷駅まで、「海幸山幸伝説」をたどりながら、眩い太平洋と深い緑の中を進む特急電車があります。地元飫肥杉をふんだんに使用し、温もりのある贅沢な空間を演出する「海幸山幸号」です。この電車も停まる風光明媚な青島は、島全体が青島神社の境内とされ、山幸彦とその妻 豊玉毘売、そして海神国行きを進めた塩土神の3神が祀られています。また、島の周りに広がる岩場は、「鬼の洗濯板」と言われ山幸彦の上陸地と言われています。日南海岸国定公園の海に面した洞窟に、朱塗りの色鮮やかな本殿を構える鵜戸神宮(うどじんぐう)は、豊玉毘売が山幸彦の子供を産んだ場所と伝えられ、2人の御子が祀られています。

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日向から、天下平定を目指して東へ 「神武東征」伝説

木花佐久夜姫が産んだ子どもの1人火遠理命(ほおりのみこと: 弟の山幸彦)の孫にあたる神倭伊波礼毘古命(かむやまといはれびこのみこと: 後の神武天皇で、初代天皇)は、平安に天下を治めるために日向の美々津(みみつ)港を出発し、東にあたる大和(現在の近畿地方)へ海路で向かいます。

この大移動を「神武東征」といい、日向から軍を従えて初めて大和に向かい、途中待ち構える軍勢を撃破しながら大和王権成立の礎を築いた重要な物語として古事記と日本書紀両方で記されています。

誕生した皇子原(おうじばる)神社(西諸県郡高原町)、幼少期を過ごした駒宮(こまみや)神社(日南市)、皇居後とされる皇宮屋(宮崎市)、神武天皇を祀る宮崎神宮(宮崎市)、神武天皇が東征の際、船出した海岸とされる美々津港(日向市)に残る「日本海軍発祥之地」の石碑など、宮崎には、この神武天皇にまつわる史跡が数多く残されています。また、毎年10月後半、神々に扮した市民が街中から宮崎神宮までを練り歩くイベントが催される「宮崎神宮大祭」は、市民に「神武さま」と呼ばれ古くから地元で親しまれています。

神話の里 みやざき

森羅万象に宿るすべての神々に感謝し、古(いにしえ)の伝説に残る情景を残すため、宮崎には200を超える神楽があります。神社や地域で奉納される「神楽」を通して、悠久の時の流れを感じることができる多くの神話や伝説は、今でも人々の生活の中に息づき、敬われ、脈々と世代間で受け継がれています。

「日本のはじまり」に触れることができる宮崎。豊かな自然と食材に恵まれ、四季を通してお楽しみいただくことができます。美味しいを満喫しながら、日本神話のロマンに浸る旅はいかがでしょうか。

田中 竜平 氏
インタビュー 宮崎県 総合政策部 みやざき文化振興課記紀編さん記念事業推進室 主査田中竜平 氏

宮崎県は、日本神話発祥の地として知られ、古くから語り継がれる数多くの神話や伝説があります。県内各地に神話の舞台となるゆかりの地が点在しており、神話や伝説は人々の生活の中で息づいてきました。

本県では、日向神話や神楽など、世代を超えて受け継がれてきた地域の伝統文化を再認識し、今後の人づくりや地域の活性化に繋げるために、平成24年から「記紀編さん記念事業」に取り組んでいます。

この事業の集大成となります2020年は、日本書紀編さん1300年の節目となりますが、この年は、文化の祭典といわれる「国民文化祭」を本県で開催することが内定しており、また、東京オリンピック・パラリンピックが開催される年でもあることから、こうした様々な機会を通して、日向神話や神楽、食といった本県ならではの文化を国内外に広く発信していきたいと考えています。

その中でも、本県は「神楽」の宝庫であり、200を超える神楽が、県内各地で地域の暮らしと密接に関わり合いながら大切に受け継がれています。
神楽には神話の神様のほか、その土地の神様が多く登場し、地域に脈々と伝えられた熱く神秘的な舞は見る者を引きつけます。

宮崎県の宝である神楽を次の世代にしっかりと引き継いでいくためにも、県内外の皆様に神楽の多様性や魅力を継続して発信していくことで、「神話の源流みやざき」を引き続き、積極的にPRしていきたいと考えています。